7/31 マウイの日本料理店 [旅行]
興味本位で、今泊まっているホテルの部屋の1泊の値段を検索したところ、何と$650。7泊すると$4,550である。もし普通に旅行していたらまったく手が出ない、高嶺の花のホテルなのであった。1泊1泊を大事にしよう。
今日は休養日ということで、ホテルの近くにあるホエラーズ・ビレッジという名のショッピングモールを散策したり、打ちっ放しで軽く打ち込んだりとゆっくり過ごす。日差しは強いものの、気温は30℃まで行かず、湿気もそんなにないので、実は東京よりも過ごしやすく、快適である。
夜は前回マウイに来たときに気に入ったレストラン、「sansei」へ。元々は寿司屋なのだが、色々とハワイ風にアレンジした日本食を出してくれて、いずれも日本の味のいい店にひけを取らないほどおいしい。今日はカラマリ(小イカ)のサラダ、マグロの炙り焼き、シュリンプ・ケーキ(エビカツの一種?)、にぎり寿司の盛り合わせと頼んだのだが、横のアメリカ人がことごとく真似をして同じものを注文、そしていずれも「Yummy, Yummy」と言いながら食べてくれた。こういうときは、日本人であることに優越感を感じる。
7/30 マウイ入り [旅行]
夫婦ともに寝坊をしてしまったので、パールハーバーを見る予定をキャンセルしてホノルル空港に直行。アメリカでは飛行機に乗る際、国際線と同様国内線も2時間前にチェックインするのが「常識」のため、アロハ航空のチェックイン・カウンターへ急いだが、意外と早く一連の手続が終了し、1時間くらい時間が余ってしまった。冷房でギンギンに冷えたロビーで凍えながら読書などをして過ごし、飛行機に乗ってマウイ島へ。ハワイに来て驚くことが多いが、今日もアロハ航空の飛行機の席が全部自由席であることにびっくりした。つまり早い者勝ちである。さすがに立ち客はいないが。
さすがにマウイまで来ると日本語はそんなに氾濫しておらず、ようやく異国に来たという感じがする。マウイは3年ぶりだが、何となくホッとさせられるような雰囲気に変化はない。なつかしく思いながら、レンタカーを調達してホテルへ向かう。我が家は、マウイ島に2年に1回1週間だけ自由に使えるウェスティン系列のタイムシェアリングの「別荘」を所有しており、そこに初めて滞在することになっている。初めて踏み入れる「別荘」は、キッチン、ジャグジーなどを備えた立派なコンドミニアムで、かなり居心地がよさそうで満足。さっそく近くにある「セイフウェイ」まで食料品などの買い出しに行く。久しぶりのアメリカのスーパーでの買い物で、妻は色々な商品の大きさ、安さに歓声を上げている。このスーパーもギンギンに冷房が効いているが、アメリカ人がこんなに電力の無駄遣いをしていては、いくら日本人が節電しても焼け石に水である。
7/29 長い1日 [旅行]
役所からそのまま成田空港へ直行するため、旅行カバンを東京駅地下のコインロッカーに預けてから出勤する。落ち着いた1日で、予定どおり、係長に引き続きの仕事をなすりつけ、定時に仕事を切り上げ、東京駅から成田エクスプレスに乗って19時過ぎには空港に到着。今日も有休を取っている妻と落ち合い、既に空港に送ってあったゴルフバッグを受け取る。金曜の夜にもかかわらず、空港は意外と空いており、何の支障もなくチェックイン完了。晩ご飯を食べ、本屋を冷やかしてから出国審査を通り、ラウンジでのんびりする。
ハワイ・ホノルルまでの飛行時間は7時間強で、全体的に揺れも少なく、順調なフライト。オーバーナイトのフライトだが、ビジネスクラスにアップグレードできた分、肉体的な疲労は少ない。とは言いつつも、ホノルルへ着くと、まだ金曜日の朝9時で、東京で過ごしたはずの1日がこれから始まるところ。びっくりしたことに、入国審査官が普通に日本語を話すではないか。これまで何度もアメリカへ来ているが、日本語で審査されたのは初めてである。それだけ、これまで入国審査で英語を話せずにトラブルを起こした日本人が多いということだろう。とりあえずレンタカーを調達し、市内へ向かう。
今回の旅行でホノルルでの滞在はおまけのようなもので、1泊しかしないのだが、妻はせっかくホノルルへ来たのだからと買い物に精を出したい様子。こういうときに得点を稼がないと仕方ないので、ホノルル最大のショッピングモールというアラモアナ・ショッピングモールへ向かう。驚くべきことに、入国審査と同様、日本語が英語と同じくらい、あるいは英語以上に流通している。ホノルル恐るべしである。ブランドものの値段はそんなに安いわけではないが、日本価格よりはディスカウントされている。
午後は僕が将来狙っているポストの1つである東西センターへ。ハワイ大学内にあるこのセンターは、太平洋の東西の学術交流を促進するために設置された研究所で、我が省も定期的に課長級の人材を送り込んでいる。もしやと思って7月下旬の異動でこちらへ来た先輩を訪ねたが、まだ着任していないとのことでがっかり。「車を運転するのが怖い」と言っていたので、さっそくからかおうと思ったのだが。
今日の宿泊は、ワイキキビーチの果て、ダイヤモンドヘッドの近くにあるWホテル。落ち着いた造りで、ベッドの寝心地もよく、ゆっくり過ごすことができた。
7/28 海外旅行承認 [日記]
新人のK君が今週夏休みを取っている。休み前に「引継漏れはないの?」と尋ねたところ、いつも自信がなさそうにも関わらず、なぜか自信満々に「ありません」と断言。ところが、今日、K君の直接の上司である係長が電話口に向かって「そんな案件聞いてないよ」と叫んでいる。聞くと、「これでチョンボ2つ目ですよ」とのこと。K君は前途多難なようだ。
国家公務員には面白い?規則があり、海外旅行へ行く場合、直属の管理職宛の決裁文書を作り、公印を押した承認書をもらわなければいけない。休みにどこへ行こうと何をしようと勝手なはずで、休みの使い方に会社が介入することは労働法違反のはずなのだが、これは公務員に課された必要な制約の1つなのだろうか。別に僕がハワイへ行くことを知られたところで何も不都合なことはないが、人によっては休みの間にどこへ行くのか知られたくない人もいるはずである。この規則に違反したらどのような制裁があるのかは不明だが、摩訶不思議な決まりだと思いながら、届出の様式に記入し、承認をもらったのであった。
7/27 S課長送迎会 [日記]
元上司のS課長の送迎会。他省から出向してきていたのだが、今夏の異動で出向元へお帰りになることになった。今日の送迎会は、S課長にお世話になった若手を集めてのもので、多少なりともゆかりのある人たちに声をかけていたのだが、みんなのあまりの反応の良さにびっくりした。たしかに尊敬すべき方なのだが、これだけ多くの若手に好かれる人も珍しい。25年選手の課長を囲んで、10年目未満の若手10名以上が集まるという面白い構図である。4時間近く飲んだものの、話は尽きず、店の看板まで楽しい時間を過ごせた。普段は国会議員と過ごす時間が長いS課長にとって、若手と接する時間は貴重とのことで、今回の会合を喜んでもらえたようで何より。また定期的にS課長を囲んで飲み会を開きたいものである。
7/26 台風接近 [日記]
台風が接近する中、朝っぱらから自民党本部で勉強会。このところ、少なくとも週に1回は永田町へ出勤しているような気がする。雨が降ったりやんだりと変な天気だが、台風が接近しているとき特有のあのジメジメ感はしっかりと感じる。
役所内の放送などでも「台風が接近しているので、状況に応じて早く帰るように」と言っているが、窓の外を見ると、どうも雨脚が強くなっている以外は台風が接近しているという感じは受けない。昨年の台風の頻来で感度が鈍っているのだろうか。結局、夜10時くらいに退庁するときには、多少風が強いものの、既に雨は上がっており、肩透かしを食らった感じ。予想よりも若干東側のコースをとったようである。台風というと昨年広島で経験した最大瞬間風速60.5mのすごさを思い出すが、あれをベンチマークにするのはやはり危険か。
家に戻ると、今週末のハワイ行きの飛行機の席が無事にアップグレードされたとの連絡。夏休みの混んでいる時期なので、アップグレードされることを半分以上あきらめていたが、これまでしっかり全日空に乗りこんでいた甲斐があった。
7/25 運の悪い日 [日記]
そんなに忙しくない日のはずなのだが、局長室、審議官室、次官級審議官室へ断続的に呼ばれて、いろんな仕事を言いつけられる。こういう日に限って国会筋もうるさく、他委員会だけでなく、本会議の総理答弁までこれでもかというくらいよく当たる。いったいどうなっているんだと叫びたくなるが、運の悪い日と思ってあきらめよう。
7/24 国際運転免許取得 [日記]
来週からの海外脱出に向け、鮫洲の運転試験場へ国際運転免許証をもらいに行く。大井町から鮫洲は直線距離では短く、少し頑張れば歩いてでも行けるのだが、面倒くさいので品川経由でU字型にアプローチ。鮫洲は試験場があるがために成り立っているような街で、50mおきに試験場への案内の看板が立っている。試験場自体もこれまで見たどの試験場よりも巨大で、人であふれている。もっとも、これらの人のほとんどが地元の警察署で運転免許を更新できず、試験場で講習を受けなければならない事情を持つ、何らかのいわく付きの人たちが多いのではないか。国際運転免許証の交付窓口は建物の一番奥にあり、こちらは空いている。交付の料金として3,000円近く取られたが、どうしてこんな厚紙にハンコを押しただけのものがそんなに高いのか。納得がいかないが仕方ない。
7/23 地震そのとき [日記]
妻が友達と御殿場のアウトレットへ遊びに出てしまったため、家でお留守番。寝っ転がって本を読んでいると、夕方いきなり大きな衝撃が走る。地震だということはすぐ分かったが、幸い、火を使っているわけではなく、ベランダのガラス戸も開けていたため、非常時にもかかわらず手持ちぶさたになってしまった。とりあえず、我が家で一番危なそうな、ガラス製食器が入っている食器棚の扉を押さえに走った。揺れはすぐに治まったが、最初の衝撃の大きさからして当時京都で体験した阪神大震災の時の揺れと同じくらいだなと思い、テレビを付けるとやはり震度5弱とのこと。ただ、揺れの大きさの割には我がマンションはミシリともしなかったので、やはり耐震性能はかなりのものなのだろう。新築にもかかわらず倒壊してしまって住宅ローンだけ残されることほど悲しいことはない。
近所へ出かける用事があったため、余震が治まった後に家の外へ出ると、エレベータが止まっている。地震のせいで非常停止したようだ。仕方なく階段を使って下へ降りる。我が家は9階にあるのだが、階段を下りながら、これよりも高い階の部屋を選ばなくてよかったと安堵。高層階に住んでいると、こういう非常時の階段の上り下りだけでかなりの負荷である。ニュースによれば、電車を中心に公共交通機関のダイヤがかなり乱れた、電柱が倒れたなどの被害が出ているようであるが、人の被害はほとんどなかったようで、一安心。しかし、今回の地震よりも強い地震が来たらいったいどうなるのだろうか。改めて地震への備えをしっかりしなければならないなあと実感させられた。






